ドクターズキッチン研究会
映像から見た世界の食事と健康・長寿ワークショップ
世界の健康長寿食の研究
1983年からWHOの協力を得て世界25カ国61地域を学術調査。
現在、武庫川女子大学国際健康開発研究所所長、京都大学名誉教授、WHO循環器疾患専門委員、財団法人兵庫県健康財団会長、財団法人生産開発科学研究所予防栄養医学研究室長などを兼任している。
長寿食に関する著書も多数。
○ スコットランドは、もともと独立王国であった。しかし、18世紀初頭、グレートブリテン島南部のイングランドと合併、統一された。言葉は、英語のほかにスコットランド語(英語のスコットランド方言)、そしてゲール語が話される。
1999年選挙によって、スコットランド固有の議会が約200年ぶりに再会された。
○ スコットランドはグレートブリテン島の北部の約3分の1を占め、その周囲は、大西洋、北海など海に囲まれている。スコットランドは、山岳地帯と丘陵部が多くを占め、大小の湖水が点在する。湖の最大のものは、ネッシー伝説で有名なネス湖である。
気候は、海流のおかげで、北緯55度以北という緯度の割には冬場も強烈な寒気にさらされることもなく、夏場も、14℃から19℃と涼しく、過ごしやすい。
○ スコットランドは、本島とは別に790以上の島から構成されている。今回、1999年の調査・検診はその二つの島で行われた。具体的には、スカイ島のポートリー、及びルーイス島のストーノウェイで検診が実施された。1987年に最初の検診が行われたが、そのとき、すでにこの地は、ヨーロッパでも最短命地域であることが確認されていた。短命原因のほとんどは、食生活の偏りで起こる心筋梗塞の多発によるものであった。
○ ここで、グレートブリテン島・いわゆるイギリスの食習慣に目を向けてみよう。イギリスの料理は不味い、とよく言われる。それは野菜など、そして魚でさえも長時間ゆでてしまう、という調理法にあるのではないか。燻製風の風味をもつサバ、いわゆるキッパード・マッカレルもボイルしてしまう。われわれがサッと焼き上げて食べるアジの干物、これをボイルするというところを想像してみてほしい。これは悲惨な食べものになってしまう。
イギリスに留学した学者が記したエッセイでは、たとえば、大学の食堂では、上記のような調理法に加えて、味付けは、ほとんど塩気が感じられないようなレベルと、やたら塩気がよく効いたショッパイものとに、二極分化していたという。
○ スコットランドはさておき、イングランドでは、食材は決して貧しくない。たとえば野菜。リークに代表されるネギ類、タマネギ、トマト、ズッキーニのような瓜類、もちろんキューカンバー・サンドウイッチのキュウリ、そして、云うまでもなく、ジャガイモ。これらのほとんどはボイルされ、タマネギなど一部のものはソテー、すなわち炒めものになり、ジャガイモのみ、ボイル、ソテー、フライと調理が多種類に及ぶ。
イギリスの食生活の主役はジャガイモである。これについては、のちほどフィッシュ・アンド・チップスのところで詳しく述べることにする。
○ 山高帽風の食パン、これは日本でもおなじみのパンであるが、わが国のそれがフンワリ・モチモチしているのに比べ、イギリスのは腰が強く、しっかりしている。もう一度前記学者のエッセイを引用すると、わが国の食パンは、それをそのまま食べてしまうことが多いのに対して、イギリスの食パンは、必ず何かと一緒に食べるための台、皮、あるいは蓋の役目を果たしているという。
すなわち、ジャムやマーマレードを大量に食べるための台、サンドウイッチのとき、キュウリやサーモンを載せ、さらに蓋をするための食品なのである、と。この食パンは必ず薄めにスライスされ、トースト、即ち焼いた状態で供される。そして、必ず真横か、対角線状に切断されて出てくる。食べやすいからである。
○ 動物性食品はどうか。牛肉を愛好するという民族的特性を備えていることはつとに知られた事実である。料理の荒野ともいうべきイギリスにあって、ローストビーフの美味は、まさに燦然と輝いている。もちろんこれは、日常の食べものではない。れっきとしたハレのご馳走である。家庭でこれを焼くときは、手作りの結婚披露宴などの大掛かりな慶事の場合であろう。そしてこれは、外で食べるご馳走でもある。ロンドンであれば、サヴォイ・ホテルか、その向かいにあるシンプソン・イン・ザ・ストランドのものが有名である。ステーキ、これは日常食と考えてよい。
○ イギリス人は、ソーセージもよく食べる。大のソーセージ好きといってよい。
しかし、このソーセージが曲者である。内容は豚肉:1に対し、牛肉:1.常識的なセンであるが、問題はこのなかに、相当量のパン粉を混ぜることである。
すなわち、豚・牛の4分の1にあたる重さのパン粉を混入させる。パン粉は軽いから、その量は相当なものであろう。その食感はどうか。なんかこう、モチモチした感じで、ドイツ・シャウエッセンに代表されるような、噛んだときにプチッ、カリッという音がするような、爽快な歯ざわりがない。この美味しいドイツソーセージは当然イギリスでも人気があり、よく食べられている。しかし、慣れというのは恐ろしいもので、モチモチのパン粉ソーセ-ジも日常食レベルでよく健闘し、これが食卓に登場しないと寂しく感じる人が多いことも、また事実なのである。この食べものの相棒は、缶詰の大豆の煮もの、ベークド・
ビーンズであることが多い。煮ものなのに、なぜ<ベークド>、すなわち焼きもの、という名称になっているのか、その理由は詳らかでない。
○ 魚もよく食べる。といっても、日本人に比べれば真の魚好きとはおもえない。それは、魚の種類や調理法が偏り過ぎているからでもある。「スシ」に目覚めたイギリス人を除いては、刺身などはもちろん、口にしない。魚の種類は、別格のスコットランド・サーモンやドーヴァーの舌平目などは別にして(これらは値段も高い)、前述したサバ(mackerel)、ニシン(herring)、そして 白身の魚が好まれる。たとえば、真鱈(cod)、鱈(haddock)、カレイ(plaice)などで、これら3種がいわゆるFISH&CHIPSとして調理されることが多い。
これは魚のフライである。大きなカレイなどは頭から尻尾までおよそ40センチ、厚さ3センチにも及ぶ。もっと大きな鱈などは切り身で供される。
○ この魚のフライになくてはならないのがCHIPS、すなわち拍子木に切ったジャガイモのフライである。これが山ほど付いてくる。屋台などではわら半紙をメガホン状に丸め、そこに切り身のフライをいれ、フライドポテトを山盛りにしてくれる。もう少し格上の大きな店では、たとえば尾頭付きのカレイを皿にのせ、ナイフとフォークで食べさせたりする。
屋台でも、ナイフとフォークで食べる店でも、食べ方としては、モルト・ヴィネガー(醸造酢)と塩を盛大に振り掛けることになっている。家森幸男博士は、モルト・ヴィネガーはまことに結構だが、塩を大量に使用するのは健康面からみて好ましくない。たとえば、ピリ辛系の香辛料を塩の代わりに使ったら、というアドバイスを本ワークショップに寄せている。
ジャガイモは、ビタミンCとカリウムに富み、エネルギーにもなり、まことに健康食といえる。家庭では、茹でたり蒸したりして食べる方が多い。この国民食、FISH&CHIPSを料理するとき、油の成分に注意を払う、すなわち、なるべく新鮮な植物油を用い、食塩の摂取を控え目にすれば、イギリスの健康・長寿に資すること、間違いなしといえる。
○ さて、スコットランド、それもハイランド・島嶼部である。ここはまぎれもなく短命地域。その理由は何か。それは、泥炭地であるため、牧畜には適しているが、畑作には向いていない農業状況から、野菜を食べず肉食偏重の食生活における栄養の偏りが、最大の原因といえる。島でありながら、魚を食べない。あの国民食といってもいい、FISH&CHIPSを熱心に食べているわけでもない。その証拠に魚を食べれば、尿中にω―3多価不飽和脂肪酸、すなわちDHAやEPAなどが排泄され、その値と心筋梗塞の死亡率の相関関係を調べることができる。調査の結果は、この地域は、ω―多価不飽和脂肪酸の摂取がきわめて少なく、心筋梗塞による死亡率は、ヨーロッパでもトップクラスであった。もう少し魚介類が食生活に取り入れられる必要がある。
○ また、大豆に含まれているイソフラボンも、心筋梗塞を予防する効果があることが判明している。この地域のイソフラボン摂取量は、日本・中国に比べ10分の1以下、心筋梗塞による死亡率は10倍以上高かった。この地域の人々は、日本人のように豆腐や納豆、油揚げなどを食べる習慣がないため、これはある程度やむを得ない。
検診では、大豆イソフラボンをジェリーに入れ、デザートとして食べて貰ったところ、血圧などに改善が認められた。ベークド・ビーンズは、イギリスでもよく食べられているわけだから、欧米人自身が美味しいと思える大豆加工食品、あるいは調理の仕方を研究・開発するという自助努力が必要と思われる。
○ 発展途上地域には、教育レベルの問題もあり、栄養知識が普及しないため、結果として短命地域となっているところがある。スコットランドは文化レベルが低いのか。とんでもない。その逆で、世界に冠たる知識人を輩出している。電話の発明者、グラハム・ベル、経済学者のアダム・スミス、哲学者のデイヴィッド・ヒューム、作家のコナン・ドイル、20世紀に入ってからは、トニー・ブレア首相、俳優のショーン・コネリーなど。
食文化というのはいうまでもなく、その土地に根ざした食習慣から生じた価値観である。この価値観を改めるのは、たしかに容易ではない。しかし、WHOのモットーである「世界人類の等しく健康な21世紀」を目指すならば、食肉に偏り、動物性脂肪の過剰摂取を続けているスコットランドの食習慣に、もっと魚や大豆、緑黄色野菜を導入するという「チェンジ」が急務であろう。
以 上
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10年3/5日 3/12日 3/19日 掲載予定







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